その歴史は、高橋道八(仁阿弥)文化八年、清水六兵衛、清風与平、和気平吉、尾形周平等が清水焼を作り、陶器の卸商人が集まり現在の五条坂に発展する。現在五条坂は、鴨川にかかる五条大橋を東に大和大路五条より東へ、東大路五条までを言います。
戦前は、五条坂あたりで登り窯が15、6基あり、当時は現在の五条坂(五条通り)ほど広くなく北側歩道の幅で両側にびっしりと陶器商、工芸家等の家が立ち並びその狭い五条坂を通る人は、ほとんどが何かの関係で陶器に関係する人達でした。特に寄合窯(共同で使用)の詰めきり日が近づくと釉(うわぐすり)を掛けた茶わんや土瓶、湯のみ、皿などを並べた桟板をリヤカーに積んだり肩に掲げて仕事場から窯へと運ぶ人が右往左往し、そして窯が焚かれると五条坂一面に煙が這うように昇っていたと言う情景が見られました。現在もその面影を残しているのは、五条坂から狭い路地入ったところに窯跡があったり、煙突が立っていたり、ロクロをまわしている仕事場があったり清水焼発祥の地としての歴史を感じさせてくれる所です。
春の彼岸、秋の彼岸には各店が工夫をこらし、年末には歳末セール、とくに毎年8月7,8,9,10日に行なわれる「五条坂陶器まつり」は、全国一を誇る京の夏の風物詩となっています。そんな五条坂へぜひ一度足をお運びください。
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